INTERVIEW
株式会社 東紀繊維
ドレステリアの代名詞的な存在である“吊裏毛シリーズ”。空気と一緒に編んでいるかのような独特のふっくらとした風合い、フィット感と裏起毛加工の暖かさ、そして型崩れしにくい丈夫さ……。そんな特徴を持つこのスウェットシリーズは、ブランド誕生 初期より続く超ロングセラーアイテムです。中でも一番人気のジップアップパーカーは、スタイリストからも熱い支持を集め、ファッション誌やスタイルブックで取り上げられたことも数えきれないほど。
実はこの吊裏毛シリーズのよさの秘密は、生地を生産している工場にありました。明治時代の終わりから大正時代の初めにかけて日本に伝わったという貴重な“吊り編み機”を使用して、じっくり、ゆっくり作られているのです。
今回は吊裏毛シリーズの生産者である株式会社東紀繊維の支店長、高山さんにお話を伺いました。
機械1台で1時間1m程度、
1日約7着分のスウェット生地しかできません
“吊り編み機”とは、明治40年代から大正初期にかけて、ヨーロッパから和歌山に入った機械。戦後には高級肌着を編むために使用されていたそうです。本来は、天竺編み(※注(1))しかできませんでしたが、その後、職人が改良をしてスウェット生地が生産できるようになりました。しかし、大量生産時代に入ると高速機に取って代わられ、現在では和歌山のごくわずかな工場でしか稼働していません。しかも、100年以上経った今も、伝わった当時の機械を使い続けているというから、驚きです。
吊り編み機では、糸の持ち味を壊さずに、編み目にゆとりを持たせながらゆっくり丁寧に編み上げていくことで、まるで手編みのような風合いを持つ生地を生産できます。その風合いは、大量生産に向いた現在主流のシンカー編み機(※注(2))には決して出せないものです。しかし、シンカーのような高速機に比べると生産効率はなんと約180分の1なのです。
ドレステリアの吊裏毛シリーズは、そんなレトロな機械で時間を惜しまずに、丹念に編み上げられています。
「ドレステリアのパーカーだと、機械1台あたりで7着分ぐらいが1日の生産量です。これは本当に少ない量ですね。
決して生産効率がよいとはいえない生地ですが、風合いは類をみないほど素晴らしいものです。まるで空気と一緒に編んでいるかのような絶妙なボリューム感がありますし、さらに、ソフトでいてコシがあり、型崩れしにくいです」
<注釈>
※(1)Tシャツやセーターなどの編み方でもっとも基本的な「平編み」のこと。
※(2)現在、一般的な高速編み機。大量生産時代となった1960年代半ばより普及した。数十本の糸を同時に高速で編むことが可能。
ファストファッションが席巻し、速く大量に効率よく生産することが当たり前の時代に、あえて逆行するような吊り編み機での生産。でも、一見、非効率的なこの機械でしか作り得ない質感があるのです。ゆっくりと時間をかけて作られた吊裏毛シリーズは、それだけ着心地がよく肌になじみ、しかも丈夫で長く着続けることができます。
ただ、吊り編み機は熟練の職人にしか扱えず、後継者不足にも悩まされているそうです。
「弊社の創業は昭和59年で、今年で35年目になります。創業当時は、和歌山の外注工場で少しずつ生産していましたが、この技術、文化を次世代にも継承することが私たちの義務と考え、平成10年に和歌山に自社工場を設立しました。今、弊社の工場では60台ほどの吊り編み機が稼働しています。
吊り編み機の操作は長年の経験とセンスが要求されるもので、現役の職長さん(機械調節、設計ができる人)は日本中で3~4人、職人さんで7~8人ぐらいでしょうか。そのうち弊社では、職長1名、後継者となるべく若い職人が3名勤務しています」
旧式の機械で熟練の職人の技術によって作り上げられる生地は、もはや伝統工芸品の域。
「職人仕事の生地ですから、同じものを作り続けるということが、実は一番難しいのです。
また、糸の設計もドレステリア向けのオリジナルですが、原料は天然の物ですから、どうしてもその年度でごくごく微量な変化はあると思います」
細部まで徹底的にこだわるドレステリアのために、
完成するまでに何度作り直したことか……
ドレステリアの吊裏毛シリーズは、ブランドが設立された1998年当初より販売されているアイテム。その当時から長い長いお付き合いをしていただいている東紀繊維さんは、ドレステリアというブランドのデビューをどうご覧になっていたのでしょうか。
「ドレステリアが立ち上げの頃に、お声をかけていただきまして、スウェット企画より参画させていただきました。
完成するまで何度作り直しをさせていただいたことか、数えきれません……。洋服の細部まで徹底的にこだわった玄人好みのブランドと感じたことを、昨日のことのように今でもはっきり覚えていますよ」
当初は、クルーネックのプルオーバーのみだった吊裏毛アイテム。その後、お客様からのご要望や、店頭スタッフからの意見が寄せられたことで、ジップアップパーカー、プルオーバーパーカーが誕生し、ロングセラーの定番シリーズとなりました。今では、「ドレステリアといえば吊裏毛パーカー」と言われるほど。
「本当に長い間、お客様からご支持をいただいてありがたく、深く感謝しております。それも、ドレステリアが、このシリーズをとても大事にしてくださった結果ですね。生産量についてご無理をおっしゃることもなく、またカラーやサイズ感などのオリジナルを頑固に守っていただいたことがよかったのではないかと思います」
しかし20年という長い期間には、もちろん苦労もあったといいます。時代に逆行する古い機械で、後継者も少ない状況下、ものづくりを続けることがどれだけ困難かは、想像に難くありません。
「今回、お話をさせていただく中でいろいろと思い返し、感慨深くなってしまったのですが、さまざまなことがありました。
紡績、外注工場の閉鎖、職人の引退など、このシリーズの存続の危機になってしまいそうな苦労もたくさんありました。それでも“オリジナル”をなんとか守ろうと、ここまでやってきたのです。
また、生地は和歌山産地で生産しているのですが、縫製工場は青森県にあるので、東日本大震災のときは、物流を含めてすべての機能が停止してしまいました。その際はドレステリアには大変ご迷惑をおかけしてしまったのですが、お小言は一度たりともいただきませんでした。ものづくりの現場にいつも温かく接していただいて、ありがとうございます。みんな感謝しております」
代官山でこのパーカーをお召しになっている
お客様を見かけたときは、嬉しかった!
東紀繊維に20年お勤めされている高山さん。大学在学中からファッション業界でお仕事をされており、バッグ、靴、アパレル2社での経験を経たのち、今の会社に転職されたそう。
「ファッション業界でいろいろな仕事をしていく中で、一番の根本である“素材”に興味が出てしまいました。そしてそれまでのキャリアを捨てて、今の職種に飛び込んだのです」
最後に、高山さんがこのお仕事をされてきた中で一番嬉しかったことについて質問すると、その回答はドレステリアの吊裏毛シリーズに関することでした。
「ずいぶんと前のことになりますが、街中でドレステリアのパーカーをお召しになっているお客様を始めて見かけたんです。
その時は本当に嬉しかったですね。確か、代官山だったと記憶しています。そして、なんと同じ日に自由が丘でも別な方が着ていらっしゃるのをお見かけしまして、嬉しさが倍増しました。
お客様からこれだけご支持をいただいている以上、決して途切れることがないように、これからも作り続けていきたいですね。
また、吊裏毛シリーズ以外にも、この吊り編み機を使った“吊天竺シリーズ”もぜひ企画していただきたいと願っております」
Interviewee:Keinosuke Takayama
Writer:Asuka Chida